2021年9月25日

海外医学部で人気のあるチェコやハンガリーって? チェコが経験した、ナチスドイツと旧ソ連による侵攻の歴史

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アシリのKomabouです。本日もブログをお読みくださり、ありがとうございます。

スズムシの鳴き声や、ヒガンバナなどの花や、きれいな月が、秋の風物詩で綺麗ですね。でも、季節の変わり目ですので、「何となく体調が悪い」「眠気が取れない」「体がだるい」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。就寝2時間前の温浴や、寝る前のストレッチ、密でない場所での軽い運動などで、睡眠の質を上げるとよいかもしれません。その他にも、体が冷えないようにする、腹式呼吸を意識する、定時的に肩回しをする、寝る前に耳たぶを引っ張ってマッサージする、といった健康法があるようです。ついつい休みの日などに遅くまで寝てしまって生活リズムが崩れがちな時期ですが、なんとか体調を維持して、生活リズムや勉強習慣をキープしたいところですよね。

さて、今はコロナの世の中ですが、「海外の医学部で勉強」と言ったときに、アメリカ、イギリスなど英語圏の他に、最近人気が上がっているのが、チェコとハンガリーです(特に、オール・イングリッシュのコースがある医学部が人気です)。チェコやハンガリーは、西欧や北欧ではなく「中東欧」に位置するので、「大学のレベルや教育水準、治安などの社会状況は大丈夫なのだろうか」と思われる方が少なくありません。でも、チェコやハンガリーは、実は、EUの中の優秀国で、社会水準や教育水準は高いのですよ。

一口に「中東欧」と言っても広く、ブルガリアやルーマニアといった貧しい国とは一線を画しています。イギリスが半ば無理やりEUを離脱した背景に、「ブルガリアやルーマニアといった貧しい国から移民が押し寄せてきて社会を荒らすため」といった理由があったといわれていますが(これに関して、フランスの知識人・大学教授のエマニュエル・トッドによるEU社会論が複数出版されています)、チェコやハンガリーは優秀国で貧しい国から移民を受け入れる側の立場にあります。そのため、大学での勉強もイギリスやドイツと同じレベルの高水準が保証されているといって過言ではありません。

さて、チェコの首都プラハにあるカレル大学は、英語でCharles Universityと言いますが、俗に「ドイツ語圏の最古の大学」と言われるくらい長い歴史と伝統を誇っています。これは、プラハが「神聖ローマ帝国」の中に含まれていたためです。日本ではあまり知られていませんが、「神聖ローマ帝国」は、ドイツ語でHeiliger Roemischer Reich Deutscher Nation(英語:Holy Roman Empire of the German Nation)といい、正式名称が「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」なのですね。このように、海外に出ていく前には、その国・地域の言語・歴史・民俗を知って興味を持つことが重要です。それによって、現地の人々の国民感情に共感できるようになり、滞在・留学した時もスムーズに過ごせます。これに関して、ナチス・ドイツと旧ソ連の両方に侵略され言語を強制されたチェコの歴史と社会に関して、私がチェコに滞在していた時の旅行記がありますので、少し長いですが載せておきたいと思います。

「あてもなく、プラハの闇をさまよった。若い樹木は、光合成のできない夜の間にも、生長するために地中からありったけの養分と水分を吸い上げてみせる。ここプラハでも、若者は甘い夜から、あたうる限りの蜜を吸い取ることに吝かでない。危険な香りがすればするほど、吸い取る蜜の味も限りなく甘くなる。そこはかとなく、街全体が狂いだすのが常である。この街を戦車が占拠したときでさえ――それもナチス・ドイツと、旧ソビエト連邦という2つの「帝国」からの――彼らは地下でことごとく甘い蜜を吸い合っていたのである。まるで、一連の苦い料理の最後にだけ来る甘いデザートのように。

 それもしかたないだろう、この宝石のような街をようやく彼らは自由に謳歌することが確約されるにいたったのだから。酒も甘く、食事も甘く、音楽もまた甘く、ヴルタヴァ川に架かる橋は彼岸の世界へと我々を導き、夜と女性もこの街ではドイツにおけるよりはるかに甘く感じられる。それくらいおひとよしで、礼儀正しく、人なつこく、親切で優しい人々である。あたかもその国民性は、韓国に近いかのごとくである。

眠らない街の中心部では、鮫も鳩も平和の象徴となろう。過去の火薬のきな臭さとは無縁に薫風のように街を駆け回る若者は、ヴルタヴァ川の深い深い水底の人魚に魅入られかのようにひたすら祝祭的雰囲気に耽溺し、街の歴史を弄ぶ。否、弄ぶに足り得るだけの歴史の厚みが、誰にでも感じられるのである。

 深く限りない夜の闇に溺れたかったらプラハである。果てしない空間的な広がりが、あなたを蠱惑の果てまで誘ってくれる。街の歴史に寄り掛かれば、どんなに耽美的に崩れても、あすの朝には再び自分自身を取り戻せるのが、旧大陸・旧世紀の魔術である。それは、かつての人々が送ってきた人生が幾重にも幾重にも、数えきれないほど街の建築物と石畳に溶け込んでいるからにほかならない。それは、ある種の文化である。

 ものの5分も徘徊すれば、この街の新旧混合のシステムがわかる。チャールズ・ユニヴァーシティは世界に先駆ける国際的な大学だ。そして、中世からの旧市街が何の違和感もなく共存している。よく言うように、この街では橋のこちら側と、向こう側は別世界だ。彼岸と此岸である。何の接点もない、異なる要素が背中合わせにいられるのは一重に経験と知恵がもたらす融通のなせる技だ。決して無理・無駄なく、最先端の国際的な都市計画と、中世からの石畳の街の保存とが、自然な形で両立されている。黒人の恋人と酒を飲みに行く者も、よく見かける。

 その一方で、この街の人々は常に陽気に笑い楽しく音楽をしており、日々をつつがなくサラリと生きる物腰の柔らかさを備えているので、この街で一人きりで籠城し哲学・神学・思索・学問に耽ることにはそこまで向いていない。やはり、それはドイツ語圏の得意領域である(ただし、カレル大学は、ドイツ語圏最古の大学とも呼ばれるようだ)。物理学者のアインシュタインもが、この大学で教鞭を取っていたとはいえ、この街の特筆すべきはやはり人々の陽気で滞りなき生活だ。音楽を聴きたまえ。ドヴォルジャークにせよ、スメタナにせよ、流れるようにすいすいと横に進んでいく。その美質はあたかも、フランス音楽と同様であるかのようである。旋律は美しく、ショパンのセンチメンタリズムを髣髴とさせる。ショパンは決してドイツの音楽ではない。しかし、チェコの街角でショパンの音楽が奏でられているのを聴いてみたまえ。この街の雰囲気と完全に一致するのだから、私は愕然とした。といっても、東欧の音楽なのであるから、決して不自然なことではない。

 それでもこの街の人々は、秘めやかな場で過酷な経験を静かに、しかし力強く語る。それは、ナチス・ドイツと、旧ソ連の双方に侵略された歴史だ。ドイツ語からようやく解放されたかと思えば、今度はロシア語を強制されてしまい寧ろドイツ語や英語を勉強したくてもできなくなった、二重苦の経験である。しかし、プラハの春を経てからは、望んでドイツ語を勉強する若者も増えてきた。むしろ旧ソ連という対抗軸があってこそ、この街の対独感情は改善の方向へ向かったと言えるだろう。」

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